とうとうワンオペ育児のガタが来てしまった。
週6で5時起き、洗濯機を回しつつ夫の弁当と朝ごはんを作りゆったりする間もなく洗濯物を干す。この間に娘が起きてきた場合は娘の面倒を見つつ全てをやり遂げる。
7時に会社着しなければいけない夫は6:30頃に家を出て帰りは基本17:30だが遅くなると20:00近い時もある。
それまでずっと娘と2人きりだ。
娘が生まれた直後から所謂育児ノイローゼ的な予兆はあったが最近はその症状が顕著であり、このままだと新聞紙面やネットニュースに悲惨な形で載ってしまうぞ、と危惧した為心療内科のお世話になることになった。
主な症状としては、無気力、些細なことでキレる、溜まったストレスが爆発した時は自制が効かないほど怒り狂う、物や人に当たる、←これらをやらかした後の激しい罪悪感と後悔、希死念慮、暴飲暴食、不眠、など。
娘のせいにしてしまってるようで心苦しいが私は産後から確実に人格が変わってしまった。
自分が自分でなくなる感覚が恐ろしく、また気味が悪い。
夫との喧嘩も増えた気がする。
心療内科にお世話になる前には役所の子育て支援課に相談したり、アンガーマネジメントについて調べ実行したりしたが全て効果なし。
PMSのせいかと思いレディースクリニックを受診し漢方薬を処方され飲み続けたが劇的に変わる訳もなく、ようは気の持ちようでは?と思い通院をやめた。
趣味を作ろうと模索し色々試したが何をやろうにも娘の妨害が入り中断せざるを得なく、それがまたストレス蓄積の原因になったのでやめた。
一度全て諦め娘が大きくなるまでは心を無にし耐え忍ぶしかないと腹を括ったものの、悲しいかな、私も一端の人間なのでそれは出来なかった。
心許せる友人や家族はみんな気軽に行ける距離には住んでおらず、かと言って迷惑だろう、忙しいだろう、という思いが心のどこかで引っかかり気軽に連絡を取ろうという気にもならずますます孤独感は増していった。
これらの苦痛から解放されたい。でもそうする為には今ある生活や今まで辿ってきた生き方を全て捨てなければいけない。
冗談ではなく本当に死のうと思った。
自分の境遇よりも辛い親御さん達はたくさん居るし、正直心療内科にかかるほどひどいものだとは思っていなかった。
が、ここ数ヶ月は自覚できるほどひどいなと思い初め、だいぶ抵抗があったが心療内科へ受診する運びとなった。
診てくれたお医者さんは問診中何度も聞き返してくる耳の遠いおばあちゃんだった。
初めはこの人大丈夫かな、と警戒したが耳が遠いだけで話しやすくこちらの腑に落ちるような受け答えをしてくれた。
診察では色々なことを聞かれた。
自分の家族構成、家族の詳細、自分の学歴、その後の職歴、結婚出産は何歳だったか、など。
そのお医者さんにはお孫さんが2人、7歳と3歳の子が居るらしくたまに預かって見たりするようだ。
「おばあちゃんの私ですら孫のこと憎たらしくてムカつく。早く出て行ってよって思うよ。でも一日で帰るから我慢できる。ただあなたはそうじゃないもんね」と言われた。
今後自分の親や義両親に預けにくいなと思ったが、それ以上に自分のような親だけじゃなく祖父母たちもまた自分と同じように感じていることに安堵した。
自制が効かないほどキレて怒鳴り散らしたり物に当たったりするのって病気ですか?と訊ねたら
「あなたは病気じゃなくてストレスの発散が分からなくて苦しんでる。話してると普通。キレそうになったりキレちゃったら薬飲んでとろんとしてやり過ごそう」と言われた。
薬についての説明も事細かにしてくれた。当然と言えば当然だが。
酒と併用しない、運転する前に飲まない、用法用量を必ず守る、効きすぎてしまう可能性があるから初めは就寝前に飲む、今日処方した分全て飲んでも死ねないけど後遺症は残る、など。
病院を後にし薬局へ処方箋を渡し薬を受け取る時に上記と同じようなことを何回も言われた。
そこで私は不安を覚える。
家に着いてから「薬の名前 副作用」で検索したところなかなか物騒なものが羅列されていた。
かなり不安になってくる。
私はノミの心臓であり心の器はお猪口どころかお猪口の裏ぐらい小さい小心者なのだ。
ただ飲まないと何も変わらない。
次は服薬レポです。
ちなみに飲んでる薬はブロマゼパム(レキソタン)2mgです。これから記録としてちょいちょい更新していくつもりです。
よかったら今後も見てください(´>ω∂`)